第1話・第2話では、渡米直後の専業主婦期間と、現地採用(正社員)としての就活の様子をお伝えしました。
第3話となる今回は、その後に待っていた「まさかの駐在延長」と、そこから再び専業主婦に戻り、派遣社員として再スタートするまでの道のりです。実はこの期間、私は人生で一番濃い「英語との向き合い方」を経験することになります。
まさかの駐在延長、それでも退職するしかなかった理由
最初の会社は、駐在期間3年のうち2年半(本帰国予定)までの契約で採用されていました。ところが3年目に入った1月、夫から突然「駐在が1年延長になった」と知らされます。
アメリカ生活が大好きで、内心「駐在伸びないかなー」と思っていたので、願いが通じた形ではあったのですが、タイミングは最悪でした。すでに後任者の採用と引き継ぎが完了していたため、自分の意思とは関係なく、予定通り退職するしかなかったのです。
ボスや同僚からは「あと1年じゃ、次はないよ。残り少ないアメリカを楽しみなよ」と言われました。それでも、もう少し色々な経験を積みたいという気持ちが強く、もう一度就職活動をしてみることにしました。
暇な時間をどう使うか?今回選んだのは「英語ブログ」

退職後、再び専業主婦としての時間を持つことになりました。1回目の専業主婦期間はPeacockの海外ドラマ沼にどっぷり浸かっていましたが、今回はもうドラマを見る気分ではなく、別の挑戦をすることに決めました。それが、英語でのブログ運営です。
きっかけは単純で、仕事を辞めると英語を使う機会が一気に減ってしまうという危機感でした。それなら、ブログ運営そのものを英語の勉強の場にしてしまおう、と。アメリカの方向けに、おすすめの旅行先や日本文化を発信するブログを、ゼロから立ち上げることにしました。
英語ブログ立ち上げのためにやったこと
- 英語圏のYouTubeやブログで、ブログの作り方を一から学ぶ
- アメリカの会社のサーバーを契約し、WordPressで開設
- SEO対策まで含め、運営に関する情報収集はすべて英語で
- 分からないことはAIにも英語で相談しながら進める
- 拡散のため、Pinterestでの発信も並行して実施
仕事がない分、時間はたっぷりあったので、「これは結構いけるんじゃないか」と思っていたのですが、現実は想像以上に大変でした。アクセスはまったく集まらず、Pinterestもアルゴリズムが変わったのか、ある時から急激にビュー数が落ち込みました。収益化なんて夢のまた夢、というのが正直な状況でした。
「半年は続けてみないと分からない」という意見が多かったこともあり、2社目の仕事(後述する派遣のお仕事)が始まってからもブログは継続していました。しかし、アクセスが伸びない状態が続くとモチベーションを保つのも難しく、最終的には本帰国のタイミングで、サーバーごとすべてクローズすることになります。
結果としては「惨敗」でしたが、情報収集から実際の運営まで、すべてを英語でやり切った経験は、今振り返ってもかなりの英語力アップにつながったと感じています。そして実は、この時に身につけたブログの立ち上げ・運営ノウハウが、本帰国後に時間を持て余した私が「今度は日本語でやってみよう」と思い立った、今このブログを始めたきっかけそのものでもあります。
一方で続けていた就職活動、30社応募してわかった現実

ブログと並行して、就職活動も続けていました。ただ、今回は条件がさらに厳しくなっていました。勤務できるのはどう頑張っても最大1年。前回のPASONAに加え、日系人材紹介会社2〜3社、LinkedIn、Indeedと、あらゆるチャネルから応募を広げました。
それでも、30社ほど応募して返事はゼロ。お断りメールならまだ気持ちの整理がつくのですが、無反応が続くというのは、じわじわとメンタルを削ってくるものでした。
ようやく自動車関係の2社から連絡が来たものの、1社目は電話の段階で「長期で働ける方を希望している」という壁に、2社目は面談まで進んだものの「1年では仕事を覚えた頃に辞めてしまう」という同じ壁に阻まれました。
そこから派遣・パート・アルバイトにまで範囲を広げましたが、状況は変わりません。旅行との両立のため「土日休みのオフィス勤務」という条件だけは譲れず、レストランやカフェなどのサービス業には踏み込みませんでした。気づけば8月に入り、もう半分諦めていました。
諦めかけた時に来た、PASONAからの一本の電話
「派遣になりますが、短期のお仕事があります」
その連絡に、すぐ面接へ向かいました。仕事内容はカスタマーサポート。お客様からのオーダー対応、社内出荷手続き、倉庫担当者との調整が中心で、ちょうど私が働けるおよそ半年間、その会社では商流が変わるタイミングで短期サポートが必要とのことでした。
面談は日本語9割・英語1割。日本人2人・アメリカ人1人の構成でしたが、アメリカ人の方が日本語堪能だったので、気持ち的にはかなり楽でした。カスタマーサポートの経験は全くありませんでしたが、アメリカでのインサイドセールス経験と、日本での自動車業界での業務内容を評価していただき、短期派遣社員として採用が決まりました。
想像以上に楽しかった、半年間の職場

採用から1週間で業務スタート。前職よりも日本企業の文化が強い職場だったため、カルチャーショックもなくすんなり馴染めました。
メールは9割英語でしたが、メキシコの工場や倉庫とのやり取りも多く、スペイン語のメールも飛び交っていました。翻訳ツールで即対応できたので問題なし、本当にいい時代だと思います。
日本人女性の同僚が多く、みなさんアメリカ人の方と結婚されていて英語堪能、さらに全員優しいという、もう憧れしかない環境でした。前職では一人でランチをとることが多かったので、みんなで集まってのランチタイムがとにかく楽しくて。メキシコ人の同僚とのコミュニケーションも新鮮で、「長期で続けるならスペイン語を勉強したい」と思ったほどです(短期だったので諦めましたが)。
6ヶ月の勤務を終え、契約満了でこの会社での業務を終える日。たった半年間だったにも関わらず、オフィスにいる全員が集まって見送ってくれました。本当にありがたくて、名残惜しくて。また一つ、アメリカでの大切な思い出が増えた瞬間でした。
第3話のまとめ: 今回の経験で見えてきたこと
- アメリカの就活では、無反応が続くのは珍しくない。メンタル管理が大事
- 勤務期間が短いと正社員は難しい。派遣・短期雇用も積極的に視野に入れる
- 日系エージェントは、最後まで粘り強く相談し続ける価値がある
- 「暇な時間」に挑戦したことが、結果が出なくても後の人生の伏線になることがある
3話を通じて振り返ると、私のキャリアは決して一直線ではありませんでした。
退職、専業主婦、正社員、専業主婦、派遣社員——その時々で出来ることを探しながら進んできた結果が、今の自分につながっています。今、同じような状況にいる方の悩みが、少しでも軽くなれば嬉しいです。
