このブログでは、日本で仕事を退職してアメリカに渡り、専業主婦から現地採用(正社員)、また専業主婦に戻って現地採用(派遣社員)へ——という、決して一直線ではない私のキャリアの道のりをシリーズでお届けします。
第1話となる今回は、駐在帯同の決断から、渡米直後の専業主婦期間まで。まだ就職活動を始める前、誰にも会わず、誰とも話さない日々をどう過ごしていたかをお伝えします。
ヒャッハー、行く行く!二つ返事で決めた渡米

日本では、長年自動車関連の設計開発に携わっていました。朝は早くから夜は遅くまで、決して楽な仕事ではありませんでしたが、やりがいは十分にありました。
そんな中、夫から突然告げられたのが「アメリカ駐在が決まった」という一言でした。
実はこれが初めての海外駐在ではありません。10年前、イギリスへの3年間の駐在を経験しており、その時の楽しかった記憶が鮮明に残っていました。だから返事に迷いはなく、「ヒャッハー!行く行く、アメリカ!」でした。
仕事を辞めることへの迷いより、これから始まる生活への期待の方が、はるかに大きかったというのが正直な気持ちです。
深夜0時までの引き継ぎ、そして慌ただしい退職

ただ、決断はすぐにできても、実際の退職準備はそう甘くありませんでした。
長く携わってきた仕事だったため、抱えていた業務量も相当なもの。最終出社日になっても引き継ぎは終わらず、上司と同僚2名とともに、深夜0時頃まで引き継ぎ作業に追われました。
それでも「これが終われば、夢のアメリカ生活が待っている」と思うと、不思議と頑張れるものでした。
2度目だからわかった、渡米準備のリアル
退職後は休む間もなく、今度は引っ越し準備に追われました。
イギリス駐在の時は、夫が先に渡英して住居やインフラの手続きを済ませ、私は後から合流するという流れでした。そのため、引っ越し準備にはある程度の時間の余裕がありました。
しかし今回は、「なるべく長くアメリカにいたい」という私自身の野望もあり、夫と同時に渡米することを選びました。その結果、退職後すぐに、すべての準備を一気に進める必要に迫られることになったのです。
具体的には、こんな項目が一気に押し寄せてきました。
【同時渡米だからこそ大変だった準備リスト】
- 持ち家を賃貸に出すための借主探し、内見対応、契約手続き
- 大きな家財道具を運ぶ、国内トランクルームの手配
- 船便・航空便・手持ちスーツケースへの荷物の仕分け
- リロケーション会社との打ち合わせと調整
考えただけでクラクラするようなタスクの山でしたが、一つひとつ片付けていきました。二度目の駐在帯同だったからこそ、「何をいつまでに終わらせればいいか」の見通しが立てられたのは、唯一の救いだったように思います。
そうして慌ただしく準備を終え、引っ越し本番を迎えました。
3月、アメリカ 吹雪の出迎え
そして、気づけばアメリカに到着していました。
季節は3月。なのに、空港の外は雪がビュービューと吹雪いていました。「夢のアメリカ生活」を思い描いていた私の頭の中に、一瞬「とんでもないところに来てしまったかもしれない」という不安がよぎったのを、今でもはっきり覚えています。
最初の2ヶ月は、無我の境地
渡米直後は、生活の基盤を整えることで頭がいっぱいでした。
SSN(ソーシャルセキュリティナンバー)や運転免許の取得といった手続き、そして家具の調達。やることは山積みで、「とにかく夫にちゃんとご飯を食べさせて、無事に仕事へ送り出す」ことしか考えられない日々が、最初の2ヶ月ほど続きました。
不安になる暇すらなかった、というのが正直なところです。
婦人会ゼロ、知り合いゼロの専業主婦生活

ところが、その期間を過ぎると、一気に時間を持て余すようになりました。
これまで朝7時半に家を出て、夜10時頃に帰宅する生活を10年以上続けてきた私にとって、「家にいる」という状態そのものに慣れていませんでした。どう過ごせばいいのか、途方に暮れたのを覚えています。
イギリス駐在の時は、夫の会社に「婦人会」のような配偶者同士のコミュニティがあり、そこを通じて知り合いができていました。ところが今回の夫の会社には、そうした組織が存在しません。子供もいないため、学校を通じたママ友のようなつながりもなく、知り合いは文字通りゼロのままでした。
仕事をして人と関わりたい、という気持ちは強くありました。でも、SSNの取得には申請から4ヶ月という予想以上の時間がかかり(4月に申請し、取得できたのは8月)、その希望はすぐには叶いません。1日中、誰とも言葉を交わさない日々が続き、自分で言うのもなんですが、だんだん「廃人化」していきました(苦笑)。
今振り返って思うのは、配偶者向けのコミュニティの有無は、会社によって本当に差があるということです。これから帯同される方は、もし可能であれば、渡航前に夫の会社に「配偶者向けのサポートやコミュニティはあるか」を確認しておくと、心の準備ができるかもしれません。
時間を持て余して見えてきた、専業主婦としての過ごし方

放っておくとどんどん暗くなっていく毎日でしたが、そんな中で見つけたのが、Peacockという海外ストリーミングサービスでした。
きっかけは、たまたま旅行で訪れたシカゴ。そのすぐ後に見つけた「Chicago P.D.」という海外ドラマを見始めたところ、これがまさかの大ヒット。エピソード数がとんでもなく多く、1日に何本も見ているうちに、あっという間に時間が溶けていきました。気づけばこれはシリーズもので、並行して「Chicago Fire」「Chicago MED」にも手を伸ばし、朝から晩までドラマ漬けの生活に。「英語で見てるんだから、ちゃんと勉強になってるもーん」と、自分に言い聞かせていたのを覚えています(笑)。
ドラマ以外には、旅行の計画を立てたり、家の周りを散歩したりして過ごしました。散歩中にカナダグースの群れや七面鳥、リスといった野生動物に出会えるのが楽しみで、ちょうど良い気分転換になっていました。

少し余談ですが、10年前のイギリス駐在時代(当時30代後半)は、過ごし方がまったく違いました。
教会内の語学学校に平日毎日通い、グラマーから英国文化まで学び、ケンブリッジ英検FCEを2度目の受験でようやく取得。週1のアーカイブボランティアも、英会話の実践として続けていました。
帰国後のキャリアを見据えて必死だったのですが、残念ながら、実際の帰国後の仕事は設計や事務管理が中心で、英語が直接活きる場面はほとんどありませんでした😢。
それが回り回って10年後、アメリカでの就職活動で当時の英語学習の土台が役立つとは、当時は想像もしていませんでした。
今回のアメリカ駐在帯同では語学学校に通い詰めるような気合の入れ方はせず、海外ドラマや散歩で力を抜いた過ごし方を選びました。
本帰国はミドルフィフティーになる年齢で、キャリア形成を目指す年齢ではないということもあったかも知れません。
そんなふうに、リアル「おひとり様生活」を意外と楽しめるようになってきた頃——8月になって、ようやくSSNが取得できました。
8月、ついにSSN取得。次のステージへ
4月に申請してから実に4ヶ月。長かったSSN取得を経て、ようやく就職活動を解禁できる状態になりました。
ここから、私の本格的な「現地採用への挑戦」が始まります。第2話では、配偶者ビザでの就労条件の確認や、レジュメ作成、そして英語面接で起きた忘れられない出来事について、詳しくお伝えします。





